アカウミガメは砂浜のアイコン

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砂浜保全の指標としてアカウミガメを,産卵行動から捉える

アカウミガメの産卵行動を満たす海浜とは

私達が如何にウミガメを通じて砂浜の大切さを伝えることが出来るのか,現場では常に課題として試行錯誤を繰り返しているのが実情である.保護対象としてウミガメだけに意識が注がれ,発生の基盤となる砂浜との関係はほとんど認識されていない現状に懸念される.持続性ある保護への取り組みとしてウミガメと砂浜の関係は切り離して考えることは出来ない.そこで,砂浜との関連性に重点を置く.表浜海岸に訪れる北太平洋域のアカウミガメは日本列島西部の海浜でしか産卵が認められず,今や絶滅が近い希少種と言われている.その産卵が行われている日本の海浜は,どのような状況となっているのだろうか.現状を見ると全国の海浜は末期的な侵食が進み,防ぐ為と設置される護岸による人工化が更なる侵食により連鎖的な人工化を招き,今や産卵可能な自然の海浜は,ほぼ僅かな海岸でしかないという状況まで追いやられている.この問題は何もウミガメだけに留まらず,砂浜と連動する沿岸砂州の広がる浅海が共に消失することで,海洋生態系の食物連鎖を支える小魚,仔魚・幼魚が減少することを意味している.そこで,私達はこの浅海の延長である砂浜で産卵を行うウミガメを環境指標生物とし,海浜環境の保全の指標として調査を行っている.ウミガメは発生に於いては砂浜が必要であり,海と砂浜という異なる環境を跨がる生態であるということが沿岸環境指標としての評価を可能にしている.

浜辺に描かれたメッセージ

深夜から未明の時間帯に上陸するウミガメは様々な障害に遭遇することが予測される.沖の離岸堤などが進路を阻む可能性が有り,やはり影響が懸念される.上陸の際でも侵食によって前浜に浜崖が発生し,段差が生じることで上陸が困難になる場合もある.もしくは完全に砂浜が消失した場合,上陸は不可能となる.また,何事も無く上陸し,前浜を無事に通過して汀段に至ったとしても,場合によっては後浜に設置された波消しブロックや緩傾斜堤が存在する.人工構造物は自然界には希な垂直壁として存在し,高さが10cm程度でも姿勢の低いウミガメにとっては越えられない障壁となる.さらに,波消しブロックが風による飛砂によって一部が埋もれてウミガメが越えることが可能な場合に至っては帰海時に波消しブロックが障壁となり陸側に捕獲されるトラップとなる.無事に産卵に至ったとしても,仔ガメが海に戻る際の障壁となることは容易に想像される.産卵行動を阻害する構造物に対して回避するにも,海棲に最適化されたウミガメは海中と比べて,陸上では運動能力に限りがある.成体で約100キロ近くある体重は海の中では浮力を伴い機敏に泳ぐことが可能だが,陸上ではフリッパー状の四肢に体重が容赦なく掛かり運動能力は低下する.上陸に要求される環境が緩やかな傾斜をもつ砂浜が必要となる所以でもある.また,観察するとウミガメは効率よく障害物を回避する個体もいれば,ループ状に回転を繰り返す混乱状態に陥った個体も見受けられる.産卵期のウミガメは摂食も控え,産卵を数回に分けて行うため,可能な限り体力を消耗しないように産卵を終える必要がある.多様な軌跡には様々な思考と経験値,能力と行動が刷り込まれた記録資料と成り得る.このような行動の個体差が個性的な軌跡として砂浜に残されるタートル・トラックなのである.そこで,タートル・トラックの距離と形状を記録し,如何に産卵行動が行われたかを探ることが重要となる.このようにタートル・トラックを読み取れば,言葉を使わないウミガメからの浜辺に描かれたメッセージと捉えることが出来る.

多様性を育む砂浜として

ウミガメを通じて砂浜の機能を知るには,もう一つの大切な砂浜の働きも考慮に入れる必要がある.それはウミガメの発生となる孵卵である.私達の視点からすればウミガメは砂浜という,とても不安定な環境に卵を仕方無く託していると捉えがちになるが,実は敢えて砂浜の性質を上手く利用していることを認識させられる.成長に於いて卵は酸素を消費し,二酸化炭素を排出しながら産卵巣内では盛んにガス交換を行う.また,充分な水分も必要となり,砂中の水分含量は成長に大きく関与する.さらに重要なのは爬虫類の多くは,卵が経験する温度によって性別を決定することが知られている.砂中での経験温度はウミガメの性比(*1.)を決める重要な要因である.砂浜は一見単調に見えるが,砂の粒度組成や色の違い,さらに地形的な日照量や風量の変化などの様々な環境条件と複雑に絡み,酸素含量や保水力などが異なっている.このことから仔ガメの脱出後に孵化調査を実施し,砂中の温度計測経過と比較することで,砂浜の孵卵能力評価が得られると考える.砂中の温度を産卵期に渡って計測し,その後の孵化調査と付き合わせることで,発生の環境としての適合度の評価が可能と考える.

多様な海岸を理解することで未来に繋ぐ

砂浜を形成する砂は,河川から沿岸へと運ばれ,沿岸砂州に一旦貯まった砂は沿岸の循環セルによって砂浜へと供給され,砂収支が均衡に保たれることで豊かな海浜の環境が成立する.砂浜を保全することは,何もウミガメの保護だけに留まる話ではない.砂の収支と同様に陸と海の交換から考察してみると理解が深まる.広域に拡がる海岸は面した連続する小河川や地下湧水から流入する水と共に栄養塩が砂浜に供給され,栄養塩は砂の間隙や砕波帯などに潜む小型生物相によって様々な食物連鎖を経て有機物となり,それが海浜流系に運ばれて浅海域へと繋がる.さらに有機物を元に太陽光や砕波などで起きる生物攪乱によって発生する大量のプランクトンを小型の仔魚・幼魚が捕食し,小魚を捕食する大型魚へと繋がる海洋食物連鎖が形成され,沿岸の物理的な循環セルと生物的な食物網が相互に作用し合い砂浜システムという見事な環境を作り上げている.安易に人工構造物などで物理的な交換を断ち切ってしまうと,相関して生物的な循環が途絶え,物質交換は変質を起こし海浜の崩壊を招く要因と成り得る.このような砂浜の多様性を持続させるには,不可分な物理的な循環と生物的な循環が常に潤滑に働くことが大切である.もちろん,砂浜の供給源から統合的に管理する必要に迫られている.土砂を動的に捉え,今後は自然の緩衝域として国土・防災に於いても重要である.ウミガメを数億年前から支えてきた多様性ある砂浜システムを次世代に繋ぐことで,無限の生産性と持続性ある砂浜という仕組みを私達は恩恵として享受出来るのであろう.

(*1.)温度依存性決定(TSD:temperature-dependent sex determination):アカウミガメの場合,臨界温度29.7度を臨界温度として低温だと雄の比率が高く,高温では雌の比率が高い.