Supporting activities

東北支援活動


東日本大震災で被災された方々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
私たちは、震災直後から支援物資などの活動を続けて来ましたが、現在では自立支援とそれに伴い精神的なケアが出来ればと考えています。
私たちが支援活動をさせて頂いている岩手県釜石市でのこと、被災者の方が、やっと笑うことが出来る様になったと言いながら、当時の様子をお話して下さる内容は、想像するだけでも恐ろしくなりますが、お話されるひとつひとつを大切に記憶し、経験された事を他の地域で活かせるよう伝えていく事も重要であると考えています。

2011年3月
福島県いわき市に救援物資を送る。
スタッフの友人がいわき市にいることが分かり、第一便を出すことになりましたが、当時はダイレクトに送る事が出来なかった為、山形のNPOを経由させて頂くことになりました。しかし急遽、そのNPOがトラックを出すことになり、慌てて荷造りを行い、下着などの物資と渥美のキャベツを送る事が出来ました。

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いわき市の様子
写真を送って頂きました。

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渥美半島の多くの仲間が駆けつけてくれました。

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倉庫も一杯になりましたので、公民館を借りることに。

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新品タオルの提供が多く、事務所のご近所の皆さんに洗濯をして頂きました。

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2011年3月:岩手県陸前高田
やっと道路が確保されました。

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大船度の支援物資集積所に運び込みます。

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2011年4月:岩手県陸前高田の様子
4階まで津波が突き抜け、町を飲み込みました。

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渥美半島の仲間と、避難所で炊きだしをさせて頂きました。

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2011年4月:渥美半島にて
沢山の野菜をご提供頂きました。

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他のNPOとの連携により、横浜に届けられる物資。
各地から集まる物資が大型トラックにまとめられ、釜石に向かいます。

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2011年5月初旬:宮城県南三陸町

「高台に逃げて下さい」住民に最後まで呼びかけ、数人の市の職員が犠牲になられた南三陸町の防災センター

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渥美半島の野菜をお届けしました。友人のシェフがこれを使って美味しいフランス料理に!
ネットワークにより現地の情報を得て、今必要なものを確実に届けることが重要です。
震災から2ヶ月が経過するこれくらいから物資のミスマッチが目立ち始めました。被災地では人材不足により仕分け作業が進まず、物資が滞るという状況が各地で相次ぎました。

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6月:宮城県女川町の様子
鉄筋コンクリートの建物が横倒しに。

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渥美半島のシラスをお届けしました。
避難所の食事は、カップ麺やパンなどばかりなので、魚屋野菜は大変喜ばれましたが、生鮮食品は確実にお届け出来る事が絶対条件です。

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2011年12月:岩手県釜石市
現地NPOにご協力頂き、湯たんぽとぬいぐるみをお届けしました。事前調査により、必要だと思われたものですが、ぬいぐるみついては、精神的ケアの必要性を感じました。

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2012年2月:岩手県釜石市
インターンシップ事業で作った渥美沢庵を直接お渡しして回り、海鮮漬&似顔絵企画のイベントのお誘いもさせて頂きました。

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海鮮漬:レシピも道具も全て津波に流されましたが、1年半ぶりに復活しました。
販売ができるまでをご支援させて頂きます。

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友人の画伯の似顔絵企画とコラボ
お話をされた後に、似顔絵に取りかかりますが、お話される時間も大切です。皆さんに喜んで頂けました。

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画伯のお母様による体操教室
仮設住宅では、孤立化が目立ち始めて来ています。この様な場所に出て来られない方の為にも、現地の方が談話室などを利用して、おしゃべりと少しでも体を動かす事が必要ですね。